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マイナス4点の理由

ゆうとくんが外来にやってきたのは、太陽が照りつける夏のときでした。

私の質問にうつむいてうなずくだけのゆうとくんの背中は丸まっていました。

 ゆうとくんは、まじめな優しい男の子です。

小学校のときから勉強が苦手でした。

友達とはうまくやっていて、小学校は何とか通うことができました。

でも、中学になると勉強はさらに難しくなりました。

ゆうとくんから笑顔が消えました。

そして、中学2年になったある日のこと、学校にいけなくなりました。

門までは行くのですが、門から学校に入れません。

門まで行って家に戻るようになりました。

仕事のため、ゆうとくんよりもはやく出勤しなければいけないお母さんは、何とかしようとゆうとくんを学校に連れていくようになりました。

ゆうとくんは黙ってついていきます。

先生にお願いしてからお母さんは慌てて仕事に行きます。

でもゆうとくんは、いつのまにか家に帰ってしまいます。

お父さんとお母さんはそんなゆうとくんを攻めたてます。

「何で、学校にいかないの?」

ゆうとくんは部屋にこもって出てこなくなりました。

ご両親はどうしていいかわかりません。

私の外来にきたのはそんなときでした。

ご両親は診察室から出てもらい、ゆうとくんと二人だけになりました。

緊張するゆうとくんに、私はマジックをみせました。

ゆうとくんは、びっくりした顔をして、それから少しだけ笑ってくれました。

「学校は行かなくていいよ。エネルギー吸い取られちゃうから。それよりも高校どうするか一緒に考えていこう!」

それから知能検査を行うことを同意してくれたゆうとくん。

後日行った検査では軽度知的障害の診断でした。

 私は、ご両親に特別支援学校を提案しました。

それから一生懸命に学校と動いてくれたご両親、何とか特別支援学校の受験に間に合いました。

そして2倍の倍率を乗り越えてその特別支援学校に合格することができました。


3月になり、いよいよ卒業です。

卒業式の3週間前、ゆうとくんは学校に顔を出しました。

久しぶりのゆうとくんを友達はみんな温かく迎えてくれました。

それからゆうとくんは、毎日学校に行くようになりました。

卒業式も最初から最後まで全部出ることができました。

卒業式が終わった後の外来で、お母さんはそのときのことを報告してくれました。

あんなにうれしそうなお母さんははじめてでした。

次にゆうとくんと交代しました。 

「卒業おめでとう。卒業式出たんだって。すごいね。」

私が、そう言うと、ゆうとくんは、ちょっと照れながら。

「ありがとうございます。」

と頭を下げました。

会話は続きます。

(小沢)「友達、みんな喜んでくれたでしょ。」

(ゆうとくん)「はい。」

(小沢)「卒業式どうだった?」

(ゆうとくん)「よかったです。」

(小沢)「今の気持ちを点数にすると、100点満点のうち何点?」

(ゆうとくん)「96点」

(小沢)「-4点は?」

(ゆうとくん)「もっと早く学校行けばよかった。」


私は、お母さんに

「ゆうとくん、今の気持ち96点だって。いい点数だね。」

そう伝えると、お母さんはとびきりの笑顔を見せてくれました。

ゆうとくんも笑っていました。

私も笑いました。

でもちょっとじーんときちゃいました。


帰るときのゆうとくんの背中は伸び、前をしっかり見ていました。


今日も新一年生はさまざまな思いを胸に抱き、学校に通います。


 (「“輪”を“和”でつなぐ-島はち診察室100のものがたり-」小沢浩著:クリエイツかもがわ)


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